いらっしゃいませ。
すみません、おまたせしまして。ラッキョウ(辣韮)の塩漬け、召し上がりますか。漬けてからひと月のものですが。

『某(それがし)は、ラッキョウを食したあとのテンシキが気になるゆえ、少量にしてくれたまえ。』

“らっきょう”
はぁ。テンシキですか。もしや、あの 転失気(テンシキ)・・・落語にもありますね『転失気』 、私みたいな知ったかぶりがでてまいりますねぇ。

『うむ。それから、般若湯を所望いたす』

へい。「はんにゃとう」と きましたか。それでしたら、『呑酒器(テンシキ)』をご用意しなくてはなりませんな。

メルマガ初出

■第042号・2015年7月
■第027号・2006年6月

辣韮塩漬け、今年も

梅干し、実山椒の佃煮、らっきょうの塩漬け。>例年6月の仕事です。梅雨明けを待って梅の土用干し。実山椒は1年分を「作り置きします。

実山椒➡️(第005号・水飯)http://www.tate-mono.com/2006/06/post_19.html

青梅

“実”山椒

実山椒

ラッキョウ(辣韮)の塩漬けは先月すませました。約30kg。掃除に少し手間が掛りますがあとは そう難しい事はありません。ウチのやり方は、荒漬けとして一度は塩漬けにします。その塩漬けのものも、独特の風味と歯ごたえが棄てがたいのですが、たまり漬けや甘酢漬けなどにするときは、荒漬けしたものを少し塩抜きをして漬け込みます。

 

コツというほどのことではありませんが、掃除する際に根は殆ど取りますが、付け根の部分は切り落とさずに荒漬けをします。

そこから塩がしみ込んで塩辛くなりすぎるのを防ぐためです。
食べる前に切ることにしています。

ラッキョウ(辣韮)

ラッキョウ(辣韮)は中国原産ですが、日本に伝わった時期は定かではないようです。平安時代の『新撰字鏡』(892年)に「ナメミラ」とあるのがラッキョウのことで、これが初見とされています。漬物や煮物などの食用として江戸時代に広まりましたが、古くは、もっぱら薬として用いられていました。薬効は健骨、殺菌、利尿、発汗、整腸、駆虫などなど。ユリ科アリウム属(ネギ属)の野菜ですから、韮(ニラ)や大蒜(ニンニク)などとおなじ仲間です。

五葷と五戒

不許葷酒入山門」(くんしゅさんもんにいるをゆるさず)と記された戒壇石(かいだんせき)が禅寺の入り口にあります。

不許葷酒入山門/文京区長泉寺にて

不許葷酒入山門↑文京区長泉寺にて

ニオイがきつい野菜である(くん)は修行を妨げるし、酒は心を乱すので寺の中に入れてはダメという意味ですね。5種の代表的な葷を、五葷とか、五辛 ( ごしん ) と呼び、ラッキョウもこれに含まれています

 

大蒜( にんにく)、(ねぎ )、玉葱(たまねぎ )(にら)、辣韮(らっきょう) の5つです。
山椒 (さんしょう) や 生姜を含むこともありますが、普通は前述の5種です。

 

五葷はニオイがきついばかりでなくセイがつきますでしょ、仏の道は欲を捨てなければなりません、修行の妨げになるわけです。もとより、仏教には不飲酒戒ふおんじゅかい)という戒律があり酒を飲んではいけないのです。

 

お坊さんかわいそう、なんて同情してる場合ではありませんよ。不飲酒戒を含む5つの戒律(五戒)は在俗の仏教徒も守らねばならぬものなのですって。酒なくて通夜や法事が出来るのか、なんておっしゃるアナタもわたしも罪深い人なのですな。

五戒
五戒
1.不殺生戒(ふせっしょうかい)殺すな
2.不偸盗戒(ふちゅうとうかい)盗むな
3.不邪淫戒(ふじゃいんかい) 淫らなことをすな
4.不妄語戒(ふもうごかい)  嘘をつくな
5.不飲酒戒(ふおんじゅかい) 酒を飲むな

アタシの場合、3番目の不邪淫戒はまあ無しとしてですね、問題は5番目の不飲酒戒。でもね、これは、酒を飲むこと自体も戒めているんだろうけど、飲酒によって、前の4つの戒を犯しやすくなるから、という理由でもありましょう。「少しくらいのんだって他の4つの悪いことをしなければいいじゃん」というのが、居酒屋おやじの解釈。

 

お坊さんだって般若湯、いただくんでしょ。

般若湯

般若湯(はんにゃとう)というのは、お坊さんの隠語で酒のことです。戒められている酒ではあるが、酒として呑むのではない、「智慧の湯」として呑むのならよかろう ということで「般若湯」と名付けたというわけ。

 


蒟蒻問答・五代目志ん生
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落語「蒟蒻問答」には寺の符牒がいろいろ登場。酒は般若湯、まぐろは赤豆腐、卵は御所車。。。
「般若(はんにゃ)」は「智慧」の意ですが、梵語の「プラジュニャー」の音訳だそうで、漢字そのものには意味はないようです。

 

仏教での般若とは人間の根源的な叡智を意味する「真実の智慧」であり、頭で理解した「知識」とは違うものだそうな。知識は積み重ね、蓄えられますが、衰えていくものでもあるわけです。「智慧」とは先験的なものであり、失われることはけっしてない、というのが仏教での教えです。

深いでしょう。今夜も般若湯をいただいてその境地に近づきたいと思っています。

バチあたりな発言でした。連日の過ぎたる智慧の湯でわたしの心頭はかなりイカレちまっているのです。お客さんも、ほどほどになさってくださいまし。

 

いろいろ調べているうちに、お酒を飲む事をよしとしている、ありがたいお経がありました。『未曾有経(みぞうきょう)』というお経です。

「もし酒を飲みて、心を悦ばしめ、善を生ずることあらば、飲むも戒を犯さず」

 

殊更、酒を薦めている というわけではなさそうですね。

落語・「転失気」(テンシキ)


転失気
三代目・三遊亭金馬
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転失気(テンシキ)という落語があります。

 

お坊さんをはじめ、市井のいろんな知ったかぶりが登場する、ゆうめいな噺です。ご存知の方も多いでしょう。野暮を承知で落語のあらすじをご紹介しておきます。上方でも江戸落語でも大筋は変わりません。

落語「転失気」あらすじ

ある寺の和尚、体の具合が悪いので医者に往診をたのむ。
医者、和尚にたづねる。

「お腹が張っているようですが、『テンシキ』はございますか」

和尚、

「テンシキ」は無い

と答えたが、実は何の事かわからない。

薬を処方しておくので、小僧さんに取りに越させるよう言い残して医者は帰る。

和尚、小僧の珍念を呼び、テンシキを用意せよと命ず。小僧はテンシキとは何かわからぬので和尚に教えてくださいと乞う。
和尚こたえて言う。

「わしの口から聞くと、お前はまた忘れてしまう。自身で調べよ」

小僧は、花屋や豆腐屋、雑貨屋などで「テンシキ」を尋ねまわるが、皆知らぬのに知ったかぶりで、トンチンカンな答えばかり。

寺に戻り「テンシキ」はどこにも無かったと報告。
再び和尚に教えを願うと、

「では、お医者にきいてみなさい。教わって帰ってきたら私に話してみよ。お前が正しく覚えているか試してみよう。」

小僧が医者に訊くと、

「テンシキとは転失気。『傷寒論(しょうかんろん)』という本に『気を転(まろ)びて失う』とあり、つまりオナラ、屁のこと」

だと教えてくれた。

小僧は一計を案じて、寺に戻ると、

「和尚さま、『テンシキ』とは盃(さかずき)のことでした」

和尚:

「その通り。酒を呑む器、すなわち呑酒器(てんしき)じゃ。般若湯を客に出すとき、盃を用意せよ、というのは寺ではちと具合が悪い。これからはテンシキを出しなさいというからな。二度と忘れるでないぞ」

再び、医者は和尚のところへ往診に参ります。

和尚:

「先日は、テンシキは無いと申したが、有りました」

このあと噺は、 和尚は盃のつもりで、医者は屁の意味で「テンシキ」についてのやりとりが佳境となってまいります。最後には 和尚は小僧の珍念に騙されたことを知るのです。

 代表的なサゲは、
和尚: 「寺方では盃を呑酒器ともうします」
医者: 「どういう訳で」
和尚: 「この盃をかさねますと、ぶうぶうが出ます」

「ぶうぶう」は江戸のことばでは、酔っぱらいへの苦情や小言のことです。屁の音と掛けたのは言わずもがなです。

演者によっていろいろなサゲがあります。

 医者:「この盃はどの時代のもので」
和尚:「なら時代のものでして」

 医者:「寺方では盃を転失気と言われますか、どういうわけで」
和尚:「両方ともつまみがいりますから(鼻をつまみながら)」

 医者:「寺方の事でございますから、さぞ古い時代から転失気と
呼んでおられたのでございましょうな」
和尚:「えぇ。そりぁもぉ、なら・へーあん(奈良平安)の時代から」

知ったかぶりのお噺「転失気」のご紹介でした。

香り高き近代文学の名作から

先ほどのお客さんはらっきょうを食うと転失気が気になるとおっしゃっていました。らっきょうには硫化アリルという成分が多く含まれて、これがにおいの原因物質だそうです。揮発性がありましてタマネギをきったときに出る涙もこの硫化アリルのせいです。

はなしは突然変わります。日本の近代文学についての考察です。しかも 薫り高きブンガクの名作。以下に3作品を掲載しますが、年代順ではありません。どのような根拠でこの順序になったかは読み終えるころにはお判りいただける、ーーーーーはずです。  

太宰治『富嶽百景』

   

 


太宰治『富嶽百景』
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太宰治の『富嶽百景』は、今でも国語の教科書に載っているのでしょうか。ずっと昔ですが、あたしも最初は教科書で読みました。

「富士には、月見草がよく似合ふ」

が有名なフレーズの名作ですが、よく覚えていますのは・・・井伏氏が三ツ峠の頂上でおならをする場面です。

 

 

・・とかくして頂上についたのであるが、急に濃い霧が吹き流れて来て、頂上のパノラマ台といふ、断崖(だんがい)の縁(へり)に立つてみても、いつかうに眺望がきかない。何も見えない。井伏氏は、濃い霧の底、岩に腰をおろし、ゆつくり煙草を吸ひながら、放屁なされた。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/270_14914.html

井伏氏とは小説家・井伏鱒二(1898年ー1993年)。太宰が遺書で「井伏さんは悪人です」としたためた真意はわかりませんが、『富嶽百景』のころはいわば太宰の師匠であったわけです。

 

井伏は『亡友ー鎌滝のころ』※という随筆で三ツ峠の放屁の信憑について、太宰とやり取りしたことを面白おかしく書いています。引用します。

井伏氏の抗議にこたえて太宰いわく

「あの時、たしかに僕の耳にきこえました。ぼくがウソなんか書く筈ないじゃありませんか。たしかに放屁しました」
-略-
「たしかに、なさいましたね。いや、一つだけでなく、二つなさいました。微かになさいました。あのとき、山小屋のヒゲのじいさんも、くすっと笑いました」

井伏は三ツ峠のヒゲのじいさんは当時八十何歳で、耳がきこえない筈だとむすびます。

■井伏鱒二全集〈第12巻〉山峡風物誌・白毛 《筑摩書房》/所載

夏目漱石『草枕』『吾輩は猫である』

夏目漱石の『草枕』に先ほどお話ししました「不許葷酒入山門」がでてまいります。

偶然と宿を出(い)でて足の向くところに任せてぶらぶらするうち、ついこの石磴(せきとう)の下に出た。しばらく不許葷酒入山門(くんしゅさんもんにいるをゆるさず)と云う石を撫(な)でて立っていたが、急にうれしくなって、登り出したのである。

で、そのあとに屁のはなし。

ー略ー
世の中はしつこい、毒々しい、こせこせした、その上ずうずうしい、いやな奴(やつ)で埋(うずま)っている。元来何しに世の中へ面(つら)を曝(さら)しているんだか、解(げ)しかねる奴さえいる。しかもそんな面に限って大きいものだ。浮世の風にあたる面積の多いのをもって、さも名誉のごとく心得ている。五年も十年も人の臀(しり)に探偵(たんてい)をつけて、人のひる屁(へ)の勘定(かんじょう)をして、それが人世だと思ってる。そうして人の前へ出て来て、御前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと頼みもせぬ事を教える。前へ出て云うなら、それも参考にして、やらんでもないが、後(うし)ろの方から、御前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと云う。うるさいと云えばなおなお云う。よせと云えばますます云う。分ったと云っても、屁をいくつ、ひった、ひったと云う。そうしてそれが処世の方針だと云う。方針は人々(にんにん)勝手である。ただひったひったと云わずに黙って方針を立てるがいい。人の邪魔になる方針は差(さ)し控(ひか)えるのが礼儀だ。邪魔にならなければ方針が立たぬと云うなら、こっちも屁をひるのをもって、こっちの方針とするばかりだ。そうなったら日本も運の尽きだろう。


『草枕』・ 夏目 漱石
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さらに和尚と主人公とで、屁の問答が続きますがこのへんで。

 

漱石は最初の小説『吾輩は猫である』にも、ゆかいな屁のはなしを登場させています。

 

 

 

「ところが御めえいざってえ段になると奴め最後(さいご)っ屁(ぺ)をこきゃがった。臭(くせ)えの臭くねえのってそれからってえものはいたちを見ると胸が悪くならあ」

引用は少しにしておきます。青空文庫で読めます。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/789_14547.html


『漱石の思い出』
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そもそも漱石自身が、
「破障子」と言う雅号で落款を作り、自身の書に捺していました。漱石は、よく放屁したようです。その屁が、まるで破れ障子が風邪に鳴る音だと、だれかにいわれたのが発端でつけた号なのだそうです。

出典:『漱石の思い出』四七 破れ障子(夏目鏡子・述 松岡譲・筆録/(文春文庫)

さてさて
かぐわしきブンガクのかおりがただよってまいりましたか。

坂口安吾『勉強記』


坂口安吾『勉強記』
『風と光と二十の私と
・いずこへ 他16篇 』

 

 

最後っぺ は坂口安吾の『勉強記』です。

登場しますのは、涅槃(ねはん)大学校・印度哲学科・チベット語教師で言語学者の鞍馬六蔵先生です。先生は授業中に屁がでそうになると、あわてて廊下へ出て、放屁して戻るのです。

学生・栗栖按吉(くりすあんきち)は
「先生、放屁は僕に遠慮なさることは御無用に願います。却(かえっ)て僕がつらいですから」

「それではと仰有って振向いて、障子に尻を向けておいていつもの通り七ツ八ツお洩らしになった。そうして、その後はこの方法が習慣になったのである。ところがここに意外なことに、按吉は従来の定説を一気にくつがえす発見をした。これに就いては物識りの風来山人まで知ったか振りの断定を下しているほどであるが、大きな円々と響く屁は臭くないという古来の定説があるのである。ところが先生の屁ときたら、音は朗々たるものではあるが、スカンクも悶絶するほど臭いのである。

http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/42623_21404.html

以上、太宰と漱石と安吾の小説ですが、申しましたように時代順ではありません。井伏氏の風のごとき屁から、だんだん強烈なやつへという順序立てでおはなししました。(/▽\)

 

発表年代で申しますと奇しくも太宰と安吾のは同年でした。下に初出を掲げておきます。

夏目漱石『吾輩は猫である』1905年(明治38)1月ー8月『ホトトギス』
夏目漱石『草枕』: 1906(明治39)年9月「新小説」
太宰治 『富嶽百景』:1939(昭和14)年2、3月「文体」
坂口安吾『勉強記』:1939(昭和14)年5月1日発行「文体 第二巻第五号(五月増大号)」

酔中歌(あとがき)

♪Here's that Rainy Day
(Johnny Burke, James "Jimmy" Van Heusen )

6月予定のメルマガでしたがお届けするのは7月になってしまいました。
らっきょうの花、花言葉は「つつましいあなた

「不許葷酒入山門」 は「葷酒、山門に入るを許さず」 ですね。(返り点↓)

不許葷酒入山門

返り点なんて50年ぶりだ

これを
「許されざる葷酒、山門より入る」とか
「許されずとも葷酒、山門に入る」

という読み方があるそうでして、結局、葷酒は寺の中に入っていくわけです。

「戒名」というのは、前出5つの戒律を守る事を誓ったときに授かる漢字2文字の名前で、本来は生前につけられるものなのですって。

●●○○信士や、●●院●●○○居士などの「法名」にこの漢字2字「戒名」がふくまれるのですって。○○が戒名に当たります。

どうもありがとうございました
そろそろ梅雨明けでしょうか。知ったかぶり→("rainy day"は「いざというとき」という意味で慣用句での使われ方もあるそうな)

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