■第034号■衣かつぎ・鼓腹撃壌の世

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□■□■ 居酒屋おやじの知ったかぶり。料理と酒とウンチクと ■□■□
■□■ 第034号 ■□■
             2008/9/30 (火)
【衣かつぎ(キヌカツギ)・鼓腹撃壌の世】
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いらっしゃいませ。石川小芋の「衣かつぎ」です、どうぞ。
『衣かつぎか、秋だねえ。
まとった衣をつるりと剥いで、あらわになったもっちり白い柔肌。頂いちまうよ。
うまいねぇ。これが無料(ただ)とは、さすがはおやじ、メタっぱら』
ただじゃありません、お代は頂戴しますよ。なんですか、その「メタっぱら」てぇのは。
『太っ腹と言おうとしたのだが、おやじのメタボ腹を見ていたら、メタっぱらになっちまった。』
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◆今日のおしながき(目次)◆
1.【衣(きぬ)かつぎ・鉢かつぎ姫】
2.【メタっ腹八分目】
3.【酔中歌(あとがき)】
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1.【衣かつぎ・鉢かつぎ姫】
■旧暦8月15日の中秋の名月は芋名月ともいいます。新芋を供える風習からでしょう。
この時節になりますと、当居酒屋あみ亭にも「衣かつぎ」が登場します。
衣かつぎに適した里芋である「石川早生(いしかわわせ)」通称「石川小芋」の
原産地は、石川県ではなく、大阪は大和川の源流にある、
石川と言う地域(現在の河南町)なのです。現在 石川小芋の一大産地としては
静岡県掛川市が有名です。
里芋は親芋、小芋、孫芋と増えてまいりますので子孫繁栄の縁起物とされているのは
ご存知のとおりです。
親芋のことを芋頭(いもがしら)といいます。『徒然草』第60段に
盛親僧都(じょうしんそうず)という知者が登場します。
「療治とて籠り居て、思ふやうによき芋頭を選びて、ことに多く喰ひて、
万の病を癒しけり。人に喰はすることなし」
挙句の果ては師匠から譲り受けた三百貫相当の遺産をも芋頭に費やして
喰い尽くしてしまうのです。
『今昔物語集』巻三十一・16話にも「芋頭」が登場しています。
今やお馴染みとなりました居酒屋おやじ流現代語訳今昔物語集は今日はありません。
喜ばないでください。
里芋には赤茎と青茎種の2種がありますが、赤茎種は小芋、孫芋がよくついて味が
よいとされています。石川小芋は赤茎種であり小芋だけを収穫します。
石川芋が衣かつぎに向いているのは、皮離れがよく、形が小ぶり球形で、
ねっとりとした旨さがあるからです。
衣かつぎの作り方は、先ず形のよい石川芋を選ぶことから始めます。
よく洗った小芋は上端から3:7あたりのところに1周りの包丁目を入れます。
底の部分を少しそぎおとします。すわりをよくするためです。
これを蒸しあげて、上端3の部分の皮をつまんで取り除き、塩をふります。
天に煎り胡麻を数粒のせて盛ります。
では、「衣かつぎ」の名の由来です。
その前に室町時代の物語「御伽草子(おとぎぞうし)」の中から
「鉢かづき宰相の君」(はちかづきさいしやうの君)のお話をしておきましょう。
例によって居酒屋おやじの現代語訳端折り版、ここで登場です。
****************「鉢かづき宰相の君」****************
河内の国に備中守 実高(びっちゅうのかみ さねたか)という人がいた。
詩歌管弦に心を寄せる長者であったが子どもが授からなかった。
長谷寺の観音様への祈願が功あったか、やがて実高夫婦は美しい女子を得た。
物語のヒロイン実高の姫である。姫が13歳のとき、母は病に倒れ、
臨終の枕元で歌を詠み、姫に鉢を被せるのである。
「さしも草深くぞたのむ観世音ちかひのままにいただかせぬる」
「観世音のちかひ」その鉢は一度被ったら、
決して外すことの出来ない鉢だったのである。実高の姫は「頭は鉢、下は人」という
異形となってしまった。
父、実高は後添えをもらう。継母は姫に辛く当たり、妹が出来ると
なお一層虐待が増すのである。
実高の姫は家を出る。大川のほとりをあてどもなく歩いていると、
川の中から亡き母の呼ぶ声がする。身を躍らせ飛び込むのだが、
被った鉢の所為で沈まない。川の流れに身を任せていたが漁師に救われる。
入水(じゅすい)に失敗し 堤を歩いていると、
山陰三位中将という公家の一行にであい、屋敷へ連れて行かれ、
湯殿番をすることになった。嘗て経験した事のない重労働であったが、
懸命に努めた。
やがてこの屋敷の四男、宰相(さいしょう)の君と相思相愛の仲となるのである。
噂は屋敷中に広まり、宰相の君の両親にまで届く事になる。聞き及んだ両親は一計を案じ「嫁くらべ」なる行事を行おうとする。
異形の身である実高の姫は、そんな晴れがましい席には出られぬと、
家出を試みるのであるが、そのとき被っていた鉢が割れ、
中から金、銀の財宝がでてくるのであった。
鉢の取れた姫のお顔のなんと美しいことか。
嫁くらべに出席した姫は宰相の君との結婚を許されるばかりでなく、
宰相の君は兄達を抜いて相続後継者ともなるのである。宮中に仕えその後の出世は
とんとん拍子。姫は3人の子供も授かり、
修行僧となった父、実高にも再開するというハッピーエンドの物語。
http://edb.kulib.kyoto-u.ac.jp/exhibit/otogi/html/c78.html
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■鉢かづきの「かづき」は「被き」です。動詞「被く」は被る、戴く、頭に載せる
などの意味です。鉢をすっぽり被ったから「鉢かづき」なのです。
「被き」は「被く」の連用形です。
「動詞の連用形はそのままで名詞化できる」のです。あるいは
「動詞の連用形と名詞からなる複合語」と言うのもありましたっけ。
覚えておいでですか、未然 連用 終止 連体 仮定 命令、むにゃむにゃ。
御伽草子「鉢かづき宰相の君」は一般に「鉢かつぎ姫」の名でも知られています。
鉢を担いでるのではなく被いているのですから、
連用形も「かつぎ」ではなく「かづき」のはずです。
どうやら本来の「鉢かづき姫」が伝承の過程で「鉢かつぎ姫」となったようです。
言いやすいからかもしれません。
■「衣かつぎ」は皮を衣に見立てた小芋料理です。衣を被っているわけです。
ですからこちらも「衣被き」(きぬかづき)が本来の言い方。
それが「衣かつぎ」となりましたのは「鉢かつぎ姫」と同様の成り行きで
あったのでしょう。
「衣かつぎ」が本来は「衣かづき」であったことをご説明する為に
このような回りくどい知ったかぶりを。相変わらずの居酒屋おやじで
失礼いたしました。
■衣かつぎ の名はいつの時代からでしょうか。
御湯殿上日記(おゆどののうえのにっき)は宮中に仕える女官達によって
書き継がれた当番日記であります。途中欠落はあるものの、
室町時代の1477年(文明9年)から1826年(文化9年)の約350年分が
ほとんどが伝わっています。文明9年11月に「きぬかつぎ」が出てまいります。
「ひんかしの御かたより御すすりのふたに、きぬかつぎのまも入てまいる」
「まも」は里芋の女房詞(にょうぼうことば)です。
 ●女房詞↓
http://www.tate-mono.com/2006/02/017.html#3
更に天文10年3月には「いよ殿よりきぬかつぎ、山の御いもまいる」と記されます。
『大上臈御名之事』(おおじょうろうおんなのこと。 室町時代の大上臈の名
及び女房の故実を記した書。著者・成立年未詳)や
『貞丈雑記』(ていじょうざっき。1843年(天保14年)刊行。子孫のために、
有職故実の参考書として記したもの。全16巻)では きぬかつぎ は
鰯(いわし)の女房詞として記載されているそうです。
なぜ鰯なのかは、わかりません。
1712年の 『女中言葉』に「絹かつぎ 里いも」とあり、
ここでは小芋を指す女中言葉のようです。
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2.【メタっ腹八分目】
■メタボ、メタボリックは近頃流行り言葉のようで、しきりに耳にいたします。
先刻のお客様がご指摘のようにアタシもご多分に漏れず、
メタボリック症候群の爺なのでしょう。
理由は承知しています。食って呑んで運動しない。
今朝だって、河岸でハゼの天ぷらをつまみにチョイト。
河岸はいいねぇ、朝っぱらから呑める。 ん、朝っぱらの「ぱら」って何だろう。
「朝腹(アサハラ)」なのだそうです。
1593年(文禄2年)刊「天草本伊曾保物語(あまくさぼんいそほものがたり)」は
イソップ物語のポルトガル語からの訳本ですが、
「あさはらのことなれど、、、」とう記述があり、朝の空腹の意味で
用いられているそうです。
1603年-1604年にかけて長崎で発行された、日本語をポルトガル語で解説した辞典
「日葡辞書(にっぽじしょ)」では、
「アサハラ」は「朝何も食べない人の胃」の意味です。
1797年、太田全斎著「俚言集覧(りげんしゅうらん)」は江戸の俗語・諺を
とりあげています。この書では早朝の意味でアサッパラが載っています。
朝飯前と言うのは物事の容易なことを申します。
同様のたとえで「朝っぱらの茶漬け」という言いかたが江戸時代からありました。
茶漬けなら朝の空腹時だって簡単に食えることからでありましょう。
「朝っぱら」の語源は朝腹(アサハラ)で朝のすきっぱら の意味でありました。
「すきっぱら」は元はスキハラ(空腹)で、「むかっぱらを立てる」の「むかっ腹」は
ムカバラ(向腹)から、音変化してきました。
気前のよいことや度量の大きいことを言う「太っ腹」も
元はフトハラであったのでしょう。「メタっぱら」は古くはメタハラで、
その音変化などという事はございません。わがお客さまの造語ですから。
■メタっ腹は兎も角、太っ腹における「腹」は心とか考えの意味で使われています。
腹には人の本心が宿ると昔から考えられていたのでしょうか。
広辞苑からいくつか抜書きしてみます。
*******************
・腹が癒える 気持ちがおさまる。
・腹がすわる 覚悟する
・腹が立つ 立腹する
・腹が膨れる 言いたいことを言わないので気分が快くない
・腹が太い 度量や胆力が大きい
・腹に一物(いちもつ) 心中に何かたくらみがある
・腹に据えかねる 我慢できない
・腹膨る 言いたいことを言わないので不満がたまる
・腹を割る 包み欠かさず真意を告げる    以下略
*******************
ただし「片腹痛い」は語源が異なるようです。身の程知らずの相手を笑い飛ばすとき、
「片腹痛い(かたはらいたい )」と申します。辞書には
〔「傍(かたはら)いたし」の「かたはら」を「片腹」と誤ってできた語〕とあります。
片腹ではありませんでした。傍(かたはら)だったのです。
もとの意味は、傍(そば)で見ていて居たたまれぬ、
というようなことだったのでしょう。
「裏腹」はどうでしょうか。あべこべ、正反対なことをいいます。
あるいは「死とうらはら」などととなり合わせ・背中合わせのことをいいます。
そうです「裏腹」は、背と腹のことなのです。
腹に関する慣用句は多く、話題も尽きませぬが、腹いっぱい詰め込むと、
あたしのような太鼓腹体型が出来上がります。そろそろお開きにいたしましょうか。
これで終わりにしますから、もぅチョットだけ。これが肥満の原因。
■腹も身の内、健康には腹八分目と承知していますが、この歳になっても賤しいタチは
直らぬものでして、めいっぱい食って腹鼓(はらつづみ)を打つてぇことに屡。
まさに「狸の腹鼓」という姿かたち。でありますが、「腹鼓(はらつづみ)を打つ」と
いうのは、世の中の太平を楽しむこと、なのです。「十八史略」などの中国の故事から
「鼓腹撃壌(こふくげきじょう)という成句があります。
****引用・goo 辞書より *****
鼓腹撃壌(こふくげきじょう) 意味
太平の世の形容。太平で安楽な生活を喜び楽しむさま。善政が行われ、
人々が平和な生活を送るさま。満腹で腹つづみをうち、足で地面をたたいて拍子を
とる意から。▽「鼓腹」は腹つづみをうつこと。「壌」は土・地面。
「撃壌」は地面をたたいて拍子をとること。一説に木製の履物を遠くから
投げて当てる遊びの名ともいう。「腹はらを鼓こし壌つちを撃うつ」と訓読する。
「撃壌鼓腹げきじょうこふく」ともいう。
鼓腹撃壌 出典:「十八史略じゅうはっしりゃく」五帝ごてい
鼓腹撃壌 句例◎鼓腹撃壌の世
*****ここまで**********
このお方も鼓腹撃壌を引用して「腹一杯にメシを食えることの喜びがどれ程の
ものかは、ご想像に易いでしょう。」とおっしゃっていましたが。。。。今はソーリ。
いつまでかは存じません。
  ↓   ↓   ↓
http://www.aso-taro.jp/lecture/kama/2005_4.html
***************************************
3.【酔中歌(あとがき)】
■♪POLKA DOTS AND MOONBEAMS /1940(Johnny Burke / James Van Heusen)
・ビルエヴァンストリオのMoonbeamsに収められた1曲としておぼえています。
・Moonbeams はスコット・ラファロの没後、新たなビルエヴァンストリオのアルバム。
Bill Evans – piano、Chuck Israels – bass、Paul Motian – drums http://www.tate-mono.com/2008/09/034.html
■中秋の名月は仏滅に当たります。今年20008年は9月14日(日曜日)でした。
旧暦8月15日は6曜の順番で必ず仏滅が廻ってきます。
■「芋」という語でどんな芋を連想なさるかで世代が変わります。
以前にも触れましたがお若い方は芋というとジャガイモのことのようです。
薩摩芋を思う方は戦中派それとも芋焼酎愛好家。
http://www.tate-mono.com/2006/06/post_21.html#1
■御伽草子は、室町時代から江戸時代にかけて成立した、短編の絵入り物語です。
1945年刊行の太宰治『お伽草紙』は昔話などを題材にしたパロディ小説集。
(新潮文庫にあり)
■あたしのような、爺の腹を昔は「皺腹(しわばら)」といいました。
皺腹は老人の腹のことですが、その腹を切って切腹する事も言います。 
■【衣かつぎ】画像と資料はこちらです。↓
http://www.tate-mono.com/2008/09/034.html
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□■ 居酒屋親爺の知ったかぶり。料理と酒とウンチクと ー第034号ー
■□ 編集兼発行人  叶 彦一
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