小泉八雲が著した怪奇文学作品集。1904年に出版された。八雲の妻である節子から聞いた日本各地に伝わる伝説、幽霊話などを再話し、独自の解釈を加えて情緒豊かな文学作品としてよみがえらせた。17編の怪談を収めた『怪談』と3編のエッセイを収めた『虫界』の2部からなる。
40になっても子供に恵まれなかったが、村の寺の不動明王に願かけて、娘を授かった。
露(つゆ)と名付けられた娘は、お袖という乳母に助けを借りて美しい娘に成長した。
お露は15の歳に、医者が見放すほどの大病を患う。乳母お袖の、21日間に渡る不動明王への祈願で、お露は快復する。その翌日お袖は息を引きとる。
実は、お袖は自身の命と引き換えにお露を助けてほしいと、不動明王に祈願したのだった。願いが叶えられれば、感謝の印として、寺の庭に桜の木1本を植えると約束をしていた。
徳兵衛夫妻は探しつくせる限り最高の桜の若木を植樹した。その桜は250年間毎年、2月26日に美事な花を咲かせ続けた。2月26日はお袖の祥月命日である。
■以下は『乳母桜』結末部分。原文から引用
--and its flowers, pink and white, were like the nipples of a woman's breasts, bedewed with milk. And the people called it Ubazakura, the Cherry-tree of the Milk-Nurse.
そして、その桜の花は、桃色に白く、まるで大人の女性の胸の乳でうるおった乳首のようでございました。そして、人はそれを乳母桜、つまり、乳幼児に乳を与え守る乳母の桜の木と呼んだのでした。(湯浅卓・訳)
■『十六桜』(Jiu-Roku-Zakura)
伊予の国和気郡(わけごおり)に、「十六桜」と呼ばれる桜がある。毎年1月16日(陰暦)当日にだけ咲く。
春を待たずに、大寒の頃に咲くのは、ある人間の魂が宿っているからである。 この桜の木、伊予のある侍の屋敷の庭で育っていたもの。開花も3月末から4月にかけての当たり前の時期であった。
その侍、幼少の頃は桜の木の下で遊び、桜を褒めたたえる和歌を書いた短冊を、枝にぶら下げる行事も、先祖から100年以上に渡って続いていた。
侍は歳をとり、子供達には先立たれ、その桜のみが彼の愛情の対象となってしまった。
ところがある夏の日、その桜が枯れ死んでしまう。
隣人は彼の心の慰めとなればと、美しい桜の若木を彼の庭に植えてくれた。
全身全霊で老木を愛でてきた侍には、それを失った代わりに、心の支えになるものは、何一つなかった。
老侍はその桜木を甦えさせる方法を思いつく。「身代わり」になるというのだ。
桜の枯木の下で、白い布を広げ、更に敷物を敷き、その場所で武士の作法にしたがって、「腹切り」をする。
彼の魂は、木の中へ入り、同時刻、花を開花させたのでございます。
そして毎年、その桜の木は、一月十六日、白い雪の季節に今もなお開花するのでございます。
(湯浅卓・訳)
■つけたし
■エドヒガン (江戸彼岸)という桜の野生種があります。彼岸ごろに花を咲かせることからついた名でしょう。ウバザクラ(姥桜、乳母桜)とも呼ばれます。
「サクラの中では非常に長寿の種であることが知られており、樹齢2000年を超えるといわれる神代桜や樹齢1500年を超える淡墨桜、樹齢1000年と言われる樽見の大桜、その他にも樹齢300年を越える石割桜などが有名である。
花が多く咲く特性から多くの品種の母種として使われている。また、ソメイヨシノの片親としても知られている。」(wikipediaより引用)
■姥桜(ウバザクラ)という語がありますね。
辞書では以下のように記されています。
1 葉が出るより先に花が開く桜の通称。ヒガンザクラ・ウバヒガンなど。葉がないことを「歯無し」に掛けた語という。
2 女盛りを過ぎても、なお美しさや色気が残っている女性。