■018号■寒い夜は差しつ差されつ小鍋だて
年寄りの小言なんざあ、効き目はありません。言われるほうも心得たものです。
「暮れは忙しいから、準備をおこたるなよ。前もって出来ることはやっておくんだ」
『わかってます』
「わかっていないだろ、お前は。何も準備できていないじゃねえか」
『出来ています。。心の準備。。。』
「あのなぁ、、、、、」
(心の準備なんざぁ調理場へ入る前に済ませて置けってんだ。)と言う言葉は飲み込んで、くだらねぇこと言ってないでさっさとはじめろ とせきたてる。
でもさ、「くだらない」ことって何だろうね。「くだる」ことってのもあるんだろうか。
その前に、ご家庭向き鍋料理のご紹介が、前回のお約束でした。
- 【1】ちょいと小粋に小鍋だて
- 【2】独り手酌で小鍋立て。サワラとネギで。
- 【3】差しつ差されつ新雪鍋。豆腐と鱈で。
- 【4】牛肉で お約束のご家庭向き みぞれ鍋
- 【5】「くだらない」
- 【6】酔中歌(あとがき)
【1】ちょいと小粋に小鍋だて
皆さん鍋を囲むのがお好きなようで。和を尊ぶ日本人の気質でありましょう、家族団欒(だんらん)、仲間同士和気藹々(わきあいあい)と”ひとつ鍋をつっつく”わけですね。
私のとこでは先日来お話してまいりましたあんこう鍋のほか、4、5種類の鍋料理をこの時期、メニューにのせています。合鴨を使った鴨鍋やぶりしゃぶなど。 メニューにはありませんが、宴会をなさるお客様は「寄せ鍋」のご注文も多いのです。皿に盛った具材は豊富でにぎやか、華やかで宴会向きなのかもしれません。
出汁が沸いたら何もかもドサッと鍋にいれず、召し上がる分だけ入れて、煮えばなをいただいてくださいね。大きなお世話でしょうが。
さて、寄せ鍋などに代表される”親睦”のイメージの対極にあるのが「小鍋立て」。 差し向かいで。いいねえ。相手がいればね。一人わびしく手酌でもいいか。むかしむかしの思いでが小鍋の隠し味、なんちて。
池波正太郎(1923-1990)が小鍋だてについて語っています。
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「粋な食べものといえば、『小鍋だて』だね。江戸の末期には確かに
あったんだけど、鬼平の頃はどうかなあ。まあ、あってもおかしくない。
『小鍋だて』というのは一人か二人で食べるものなんだよ。
まず差し向かいでやるのが一番いい。材料は余りものでも何でもいい
わけです。あるものを何でも材料にできる。出汁を小鍋に張って、
そこへ入れて煮ながら食べるんだから。非常に親密な感じになるわけ
ですよ、雰囲気として。小鍋だから大勢じゃできない。入れるそばから
引き上げて食べる。だから、ぐたぐた煮るような材料は駄目ということに
なるね。鍋はむろん土鍋です。」
(佐藤隆介編「池波正太郎・鬼平料理帳」(文春文庫)より)
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小鍋立てはむしろ少ない材料のほうがよろしいわけで、組み合わせを工夫したら、労少なくして頻繁に愉しめます。薬味やタレ、つゆ、なども変えてみたらまた異なる趣向となりましょう。
湯豆腐が原点でしょうか。昨今では肉や魚介類と、野菜や豆腐などをあわせるのが基本ということになりましょう。肉、魚介からでた出汁が野菜などに含まれてよりうまくなるという寸法です。
少ないが故、材料はいいものを使いたい。たとえば湯豆腐でしたら、材料は水と昆布と豆腐だけですから。
鍋に水を張り昆布を強いて豆腐を半丁。 火にかけます。ゆっくりと煮えていきます。これを眺めながらいつの間にか用意したぬる目の燗酒。昆布から じわりじわりと旨みが出てまいります。豆腐の旨みと相まったあたりで豆腐の端(はし)をすくって、醤油をぽとり。
ね。いけるでしょ。上等な水と昆布と豆腐なればこそです。酒もネ。この小さな土鍋は、調理器具でも食器でもあるわけです。保温性においてもすぐれものです。
小鍋立ての材料はあげたらキリがありません。魚の切り身やカキなどの貝類はもちろんエビカニ、、鶏、鴨、牛や豚肉。肉のつくね、魚の摘みいれ(つみれ、すり身、生身)、蒲鉾や練り物。
野菜では季節の蕪や大根。ネギ、白菜、水菜、壬生菜、きのこ類にニラやレタスまでも。そのほか豆腐、春雨、葛きり。餅でも餃子でも何でもアリ。鍋にならぬ材料は無い。組み合わせ次第です。
うまい組み合わせが見つかりましたら、それを薄味でやるか濃いめの味でいくか。あるいは味噌味でもしゃぶしゃぶ風でも。雪鍋やみぞれ鍋。洋風にスープ仕立てやブイヤベース風。チーズを入れてフォンデュ風にだって。あなたお得意のチゲにだって。何でもござれ。
だいぶ、鬼平好みから離れてきてしまったようです。ツユ、タレ、薬味は和風といきましょうか。ポン酢、ポン酢醤油、胡麻だれ、大根おろしにおろし生姜。紅葉おろし、柚子胡椒。ネギ微塵きり、唐辛子、胡椒、カエンペッパー、大蒜、香菜。胡麻油にオリーヴオイル。和風じゃないね。
では、ひとつ小鍋立てを作ってみましょう。ご参考に。
【2】独り手酌で小鍋立て。サワラとネギで。
今日ご用意したのは、富山湾の獲れたてキトキト、3kg弱のサワラ。
瀬戸内海では産卵のため鰆(サワラ)が現れると、春を知るといいます。魚偏に春と書く所以です。瀬戸内での旬は春ですが、地域によって旬は異なります。
・サワラでなくともかまいません。新鮮な白身魚をご用意ください。これを3枚におろして、刺身より2、3倍くらい厚く削ぎ切りにします。
・沸騰した湯を回しかけ冷水にとり水気を拭きます。(霜降り)
・白ネギ。太くてみずみずしいものを、斜めに薄く切っておく。
・煮汁は、鰹節から引いた出汁と酒、薄口醤油、味リン、塩。目安としては、出し12から13に対して薄口醤油1、酒1ぐらいかな。味醂は0.5〜でいかがでしょうか。お好みで調節なさってください。
・鍋に煮汁を張って、火に掛けます。沸騰し始めたら、一度に召し上がる分だけ入れます。サワラが煮上がる直前にネギをいれ両方を小鉢にとって召し上がってください。煮すぎてはなりませんぞ。
・薬味はお好みのものをお使いください。針柚子や七味など。
・最後に旨みの増した汁でうどんや餅を煮てもいいでしょう。
【3】差しつ差されつ新雪鍋。豆腐と鱈で。
鍋の地に大根おろしを使い、それを雪に見立てて雪鍋とか霙(みぞれ)鍋などと呼びますね。
カキや鰤(ブリ)の魚介類のみならず豚肉や鶏肉などでも おいしくいただけます。
今回は、いっそのこと白一色でいきましょう。大根おろしに豆腐の白。魚は旬の真鱈(まだら)。文字にだって雪の字が入っているじゃありませんか。
・豆腐は奴(やっこ)の大きさに切っておく。タラは皮を引いて身だけにして一口大
に切り、霜降りをしておきます。
・小鍋に昆布を敷き、大根おろしをたっぷりと入れ、水と少しの酒を注いで火にかけます。大根おろしが煮え始めたら塩少しで味を調えます。
・これまた白き、水溶き片栗粉でトロミを薄くつけます。
・タラと豆腐を一度で召し上がる分だけ入れて、火が通りましたら、小鉢にすくって、ポン酢醤油で召し上がってください。
身体の芯から温まりますでしょう。鱈(タラ)は皮をも剥いで全部白、さながら新雪のごとき。で、新雪鍋。 「白い恋人鍋」 でも良かったんだけどサ。
↑このレシピが雑誌に取り上げられました。KKベストセラーズ・『ごちそうB級グルメ』Street JACK1月号増刊『有名店のまかないレシピ』特集です。他に2点当店のまかないレシピが掲載されています。

【4】牛肉で お約束のご家庭向き みぞれ鍋
もうひとつ ご家庭向きの雪鍋(みぞれ鍋)を。今度は小鍋立ての雰囲気からは、遠のきますが、牛肉とレタスで。汁はブイヨンの素を使いますから簡単です。
4人で囲むことにしましょうか。
・牛バラ肉を400g。一口大に切っておく。レタスは大きめにちぎって水洗い、水気を切っておく。
・大根おろしは大根1本分、ザルで軽く水気をきっておく。
・大き目の鍋に水1800cc、酒200cc、ブイヨンの素大サジ3程度をいれて火にかけます。スープが煮立ったら用意しておいた牛バラ肉をいれ、
・浮き上がってくるアクを掬い取ります。ここを手抜きしてはなりません。泥雪鍋になってしまいますから。アクがきれいに取れましたら、
・大根おろしを入れます。再び煮立ってきましたら、レタスを抛り込みながら どんどん食べ進んでください。レタスはすぐに引き上げてください。鮮やかな色になったらOKですから。くたくたになるまで煮すぎてはいけません。
・もっと食いたーい、という人のために 豆腐やキノコ類も用意しておきましょう。
【5】「くだらない」
「くだらない」の語源ですが、居酒屋おやじが取り上げることですから、いずれ料理か酒に関係しているのですね。
幕府が江戸に移りました江戸時代初期、文化はまだ京都大阪の上方(かみがた)が中心でありました。やがて江戸が大市場となってまいりますと、菱垣廻船(ひしがきかいせん)や樽廻船などで上方物資が運ばれてまいります。
上方から下ってくる物資は「下りもの」で高級品、江戸周辺の産物は「下らないもの」、下級品ということです。ことに醤油、酒などは上方ものが名産として評判高かったようであります。
この時代、上方文化に比べて江戸周辺文化は「下らない」、つまり洗練されていないという価値観みたいなものがあったんでしょう。それで、程度が低くばからしい、取るに足らない、劣った、と言う意味にまでなったようであります。
ところが、江戸中期から後期になると関東勢の巻き返し。たとえば醤油。それまでは上方、泉州境の「醤油溜(しょうゆだまり)」が上等とされておりました。ところが関東の濃口醤油のほうが、江戸前の魚介には良く合うということで、次第に支持されてきます。
地廻りもの と称される江戸周辺の醤油は良質の大豆や小麦粉に恵まれ 品質の良いものが生産でき、利根川や江戸川の水運を利用し勢力を伸ばしていきます。
その産地が今日に続く 銚子、野田、土浦でした。やがては上方の醤油は京都、大阪から竜野、紀州湯浅、小豆島へと移ってまいります。
でありますから、「くだらない」とされる もの事でありましても、巻き返しは出来うると言う、居酒屋おやじの くだらないお話でありました。
【6】酔中歌(あとがき)
■今夜もありがとうございました。外は冷え込んでいます。おきをつけて。
■みーんな帰っちゃった。独りだ。さてと、 寒い夜は小鍋つついて手酌酒。。。
おっさんひとりで、ナニ考えてんだろ-ね。♪I thought about you
♪I thought about you (邦題:君のことばかり)
・1939・(w)Johnny Mercer・(m)Jimmy Van Heusen
1939年ベニー・グッドマンがビクターからコロンビアに移籍した後の最初のヒット曲。ミルドレッド・ベイリーが歌った。
※Carole Alston⇒ http://www.carolealston.com/html/news.html
■邦題は「君のことばかり」なのですが、おんなごころの詞ではないのかねぇ、という人もいます。「列車にのっては見たけれど、あなたのことばかりを想う」、てな。英詞では男か女かはっきりしませんね。
♪I took a trip on a train
And I thought about you
I passed a shadowy lane
And I thought about you
■池波正太郎は著『江戸前食物誌』のなか『味の歳時記』2月の稿で「小鍋だて」を取り上げ、下のように
めています。
小鍋だてのよいところは、何でも簡単に、
手ぎわよく、おいしく食べられることだ。
そのかわり、食べるほうは一人か二人。
三人になると、もはや気忙しい。