■019号■回青橙(だいだい)と七福神(かつぎや)

 今日は正月の11日です。よろしければ酒のあと、鏡開きの餅で作った汁粉なんぞいかがでしょうか。
 『鏡餅が汁粉になって出てくるのは結構だが、上に乗っかていた橙(ダイダイ)はどうなった?』
 だいだいはい。ポン酢醤油になりました。手前どもは、ポン酢には橙を使っておりまして、正月のそれは縁起物ですから、有難く利用しております。

 落語の『七福神(かつぎや)』にも正月に井戸神様へ橙を供える場面がございますが、今日はその芽出たい橙の話からはじめましょうか。
 


◆きょうの品書き(目次)◆
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【1】回青橙(ダイダイ)

回青橙
「回青橙」は橙の別名。「カイセイトウ」とも「ダイダイ」とも読みます。最初に青い(緑色ですが)実がつき、秋から色づきやがて橙色になります。その実は落下しにくく、翌年の初夏から再び青い実となって樹上に残ります。「回青橙」の所以です。

 新旧「代々(だいだい)」の果実が同じ木にあると言うのが「ダイダイ」の名の由来です。
 江戸時代の国学者、谷川士清(たにがわことすが 1709-1776)の『和訓栞』(わくんのしおり1776年成)には、こう記されています。

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   「だいだい、橙をいふ、蔕(ヘタ)に台ふたつ有るをもて名づくといへども、
   その実あからみて後も落ちず、来年実る時まで青し、
   よって回青橙の名あり、四五年も落ちざるあり、されば代々と
   いへる義なるべし」
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■原産地は、インド、ヒマラヤですが、今や世界中に有るようです。日本には中国から渡来したのですが、田道間守(たじまもり)が持ち帰ったと言う説が有ります。

 日本書紀(720年編纂)にある、田道間守の伝説をご存知でしょうか。昔の文部省唱歌にもあったそうです。(昭和17年刊の「初等科音楽(1)」国民学校初等科第三学年用に収録)。

 ざっとこんな話でした。
 病にある11代垂仁天皇(西暦61年頃)の勅命により田道間守は南方の常世国(中国大陸のどこかでしょう)へと旅立ちます。

 その国には延命長寿の果物、「非時香菓(トキジクノカグノコノミ)」があり、苦節10年の後 その香菓「(タチバナ)」を探し当て帰国します。
 されど、とき既に遅し、天皇は崩御されていた、と言うお話。

 
↑↑↑↑紙芝居「天日槍/出石乙女/田道間守」・YouTube↑↑↑↑

 柑橘の研究家・田中長三郎博士(1885-1976)はこの香菓「橘」こそが橙(ダイダイ)であるというのです。
 ※田中長三郎: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E9%95%B7%E4%B8%89%E9%83%8E
 
 田道間守は、和歌山県海草郡下津町橘本の橘本神社内に祀られています。「万葉集」には橙(ダイダイ)は阿部橙(アベタチバナ)と言う名で登場します。
 「吾妹子に逢はず久しもうましもの 阿部橙のこけむすまでに」(詠人知らず)
        

■そのまま食べるには、酸味が強過ぎます。英名はbitter orangeとかsour orange。マーマレードの原材料として使われています。 サワーオレンジの香水なんてのもよく見かけますが、これは花からでしょうね。

味と映画の歳時記・池波正太郎・新潮社
ガキの頃、橙の果汁に砂糖を加えお湯割りにして飲んだことをおぼえています。
 池波正太郎も著書『味と映画の歳時記』(1982・新潮社)の中で、子供の頃飲んだ、この橙の暖かい飲み物を語っています。 

 

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   その、あざやかなオレンジ色の橙を見ると、私の胸は、またさわぎはじめる。
   新しい年が明け、正月十一日に御供えの餅をこわし、汁粉にするとき、祖母が橙の汁を茶わんに搾り、たっぷりと砂糖を加え、熱湯をさして、
   「さあ、風邪を引かないようにおあがり」
   と、私にくれる。
   これが、正月の何よりのたのしみだった。
   オレンジでもない。蜜柑でもない。橙の汁の風味はもっと
  濃厚で、酸味が強く、香りもすばらしい。
 
          ーーー中略ーーー
その暖かさ、そのうまさは何ともいえぬ幸福感をともなっていた。 
   
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 そして、文末では、ちかごろの橙の味は、むかしのそれと、すっかりちがってしまった、と嘆いていらっしゃいます・・。

 
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【2】ポン酢醤油

■ポン酢に醤油を合わせたものがポン酢醤油であります。 ポン酢の語源はオランダ語で、柑橘類の搾り汁をポンス(pons)というそうです。

 もっと遡れば、橙の原産地であるインドのサンスクリット語にパンチャとかパーンチとかいう語があるそうな。これは「5つ」という意味もありまして、5種類の材料で作られた飲み物(柑橘果汁・砂糖・水・スパイス・酒)も同様に呼んでいたのですって。

 それが17世紀にヨーロッパに渡り、英語ではパンチ(punch)、オランダ語ではポンス(pons)になったと。

 さて、日本では江戸時代。オランダ人が伝えた飲み物ポンスが、長崎の卓袱料理(しっぽくりょうり)の食前酒として飲まれていたようであります。
 なぜか飲み物としては定着せず、柑橘類の果汁のみをポンスと呼ぶようになり、やがて酢の字をあて調味料としてのポン酢となってまいりました。

■ポン酢は、ちり酢ともいいます。ちり鍋を食うときに使うからです。 近頃はポン酢醤油のことも単にポン酢と呼ぶことも多いようです。さっぱり感が受けるのか、醤油の代わりやドレッシングとしても多用されています。

 自家製のポン酢醤油を試してみてはいかがでしょう。橙がお手に入らなければ他の柑橘類(スダチやカボスなど)でも構いません。ブレンドというのも一興かもしれません。

 手前どもあみ亭のポン酢醤油の割合は以下のとおりです。
橙(柑橘類)の搾り汁12:醤油8:たまり醤油1:味醂3:酒1:酢1
 酒と味醂は煮切っておきます。昆布と鰹削り節をいれひと煮たち、その後1、2週間寝かせます。漉してからお使いください。

ぶりしゃぶ 
 魚貝の刺身や唐揚げに。たたきや洗い。ちり鍋やちり蒸しにはもちろん。塩焼き魚にちょいとつけて。サラダのドレッシングにも。

 この時期でしたら、鰤(ブリ)しゃぶ なんかいいですね。青葱の小口切りと もみじおろしを添えて。
 
 酸味がきついようでしたら出汁で割ってお使いください。私どもはそれを「割りポン」と言っています。

 
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【3】4代目、円遊の噺「七福神(かつぎや)」

 さっき出てまいりました落語の「七福神(かつぎや)」ですが、「正月丁稚」とか「かつぎや五兵衛」などという別題もあります。 四代目 三遊亭円遊のは「七福神(かつぎや)」でした。

 呉服屋のかつぎ屋五兵衛は、たいへんな縁起かつぎで、それを聞いた宝船売りは、五兵衛に縁起の良い世辞を言い、宝船を全部買ってもらい、あげくは、ご祝儀、反物までもらう。
 気をよくした宝船売り、帰りがけのヨイショは、
「旦那のお姿は大黒様、美しいお嬢様は弁天様。七福神がお揃いで、おめでとうございます」

 五兵衛が言う。「それじゃぁ、二福じゃないか」
 宝船売り 答えて、
「いいえ、それでよろしいのです。ご商売が、呉服(五福)でございます

 
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【4】酔中歌(あとがき)

■♪”Joy Spring”   (w)Jon Hendricks (m)Clifford Brown

↓THE MAX ROACH-CLIFFORD BROWN QUINTET: “JOY SPRING”↓

THE MAX ROACH-CLIFFORD BROWN QUINTET:

  
1956年に26歳で夭逝したクリフォード ブラウン(Clifford Brown)が、24歳のとき発表した曲。 春を謳ったブラウンらしい名曲。はつ春を謳ってるワケではないけど・・・

ジョン・ヘンドリックス(Jon Hendricks)の詞は後からつけられたもの。ジャッキー&ロイや、マンハッタン・トランスファー等のコーラスものも有名。

■鏡開きの餅は包丁などで切ってはなりませぬゾ。元来が武家社会の慣わしですから、「切る」は禁物。手や槌(ツチ)で叩いて開くのが正解。

 「二十日に鏡を祝うは、初顔祝うという詞の縁をとるなり」、

二十日(はつか)と初顔(はつかお)の語呂合わせ、はたまた刀の刃柄(はつか)に通じるところから、二十日に行なわれていたのです。ところが、三代将軍家光が四月二十日に亡くなり、この日を避けて十一日になったんだって。

■切ってはなりませぬ、と申しましても 干からびた餅は、ちょいと叩いたくらいでは割れそうにもありません。 水に浸しておくのです、数時間。それから電子レンジ。そして手で千切ってから 汁粉にする、という寸法です。

 どうぞ召し上がってください。
 あたしは結構です。これから晩酌ですから。

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