■016号■ アンコウ 「のようなもの」

『魚がおらん。。。』

 「おらん じゃないだろ。獲れなかったんだろう。海の中どこかには いるはずだぃ。」 

 

 朝6時の電話でたたき起こされた。魚の目利き、富山のキシさんからだ。年寄りは早起き が相場だといっても、あたしは4時間しか寝てないョ。

 眠いが築地の魚河岸へ仕入れに出向かねばなるまい。

 わたしの店は 魚介の大半を富山県から送ってもらっています。朝獲れの魚たちがその日の夕刻には、航空便で届くことになっています。

 ところが、時には時化(しけ)などで魚が獲れなかったり、飛行機の欠航で送られなかったりで、築地で調達することもあります。

魚河岸へいくのは、その時節の様々な海産物を見て回れるので楽しみでもあるのです。もひとつ密かな愉しみがあるのですがそれは後ほど。

あんこう黒

 ここ数年、11月も半ばになりますと、アンコウ(鮟鱇)をご予約くださるお客が増えましてね。富山からのアンコウが手前どもの売り物のひとつになっています。 アンコウの上物としては、常磐や北海道が有名ですが、富山のものもかなりいけますよ。

 

 それでは今日は、鮟鱇のお話 の・ようなもの からはじめましょうか。



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今日の品書き(目次)

【1】『居酒屋』の・ようなもの

【2】惨憺(さんたん)たる鮟鱇

【3】アンコウは七つ道具

【4】酔中歌(あとがき)

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【1】『居酒屋』の・ようなもの

 ■三代目・三遊亭金馬の代表作『居酒屋』ご存知でしょうか。古いものですがわかりやすくて、アキのこない落語です。私が居酒屋おやじだから、というわけではなく おすすめです。CDが出ているはずです。

 居酒屋の小僧あいてに酒を飲む男がいるんですな。小僧は問われて品書きをまくし立てるのです。

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「肴は、何ができる?」

「えー、できますものは、けんちん、おしたし、鱈昆布、あんこうのようなもの 、ぶりにお芋に酢蛸でございます、へえーい」

「今言ったのは何でもできるか?」

「そうです」

「じゃあ、『の、ようなもの』ってのを一人前!」

「出来ませんよ、そんな物…」

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 落語の居酒屋にも出てまいりますように、アンコウは庶民の食い物だったんでしょうね。近頃はちょいと値が張りますが。

 の・ようなものDVD1981年、森田芳光監督の映画『の・ようなもの』はこの落語から引用したタイトルでした。若手落語家の志ん魚(しんとと・伊藤克信)の筆おろしのお相手は、フーゾクのお姉さんエリザベス(秋吉久美子)。彼女と女子高落語研究会の由美(麻生えりか)の間で揺れ動きつつ、志ん魚は自身や落語界の将来について考え始めるのでした。落語の世界を通して描く、青春群像映画。

 ■アンコウ(鮟鱇)の名の由来は、愚かな魚の意で「暗愚魚(あんぐうお)」からアンコウになったというのを筆頭にいろいろあります。

 私が好きなのは次の説。

 安康(あんこう)な生き方をしている魚だからアンコウ。「鮟」も「鱇」も国字で この魚のためにつくられた文字ですって。

あんこう茶
アンコウは1mに達するものもあるほど図体はでかいのですが動きが鈍い。頭の先の長い提灯(ちょうちん=背ビレの蝕糸))をユラユラ動かし、それを餌に見せかけて小魚やイカ、ナマコ、タコなど何でもあの大きな口で飲み込んでしまう。

 英語での呼び名はいろいろあるようですが goose fish とかangler fishが代表的なところ。anglerと言うのは釣り人のことでしょ。釣をする魚ということになりますか。

 仕事が来るまで口をあけて、ただぼんやりと待っているだけの人をアンコウになぞらえて 昔ははこういいましたね。「鮟鱇の餌待ち(アンコウのエマチ)」とか「鮟鱇の待ち食い」などと。怠け者で働かない人や、気が聞かずボケッと立っている人のことです。

 安康(あんこう)な生き方 でしょ。決して、嫌いな生き方ではありません。

「鮟鱇武者(アンコウむしゃ)」という表現もありました。大口を叩くばかりで役に立たない者をいいます。 他人とは思えませんな。


【2】惨憺(さんたん)たる鮟鱇

あんこう刺し江戸後期の儒学者、詩人の頼山陽 1780-1832 は華臍魚(カサイギョ=あんこうの漢名)の漢詩を詠み その美味はフグより勝ると讃えているとそうです。尤も、山陽はフグを食わなかったようですが。

 山陽がフグとアンコウを連想したのは、脂肪が少なく(肝にはあります)皮を剥いで身肉を取り出すという、捌き方も似ているところからでしょうか。

 有名なアンコウの吊るしは切り顎(アゴ)の下に鈎を突き刺して吊るし、口から水を注ぎ込んで、内臓を傷つけぬよう捌いていくものです。

 吊るし切りで思い出すのは、若〜いころに読んだ村野四郎(1901ー1975)の詩、「惨憺(さんたん)たる鮟鱇」です。村野の好きだったリルケの、「変な運命が見つめている」が引用されてから始まるのでした。

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      さんたんたる鮟鱇

       へんな運命が私をみつめている リルケ

顎を むざんに引っかけられ

逆さに吊りさげられた

うすい膜の中の

くったりした死

これは いかなるもののなれの果だ

見なれない手が寄ってきて

切りさいなみ 削りとり

だんだん稀薄になっていく この実在

しまいには うすい膜まで切り去られ

もう 鮟鱇はどこにも無い

惨劇は終っている

なんにも残らない廂から

まだ ぶら下っているのは

大きく曲った鉄の鉤だけだ

———————–詩集-『抽象の城』(1954年)所載 —

詩人 村野四郎記念館

http://www.fuchu-cpf.or.jp/museum/sisetsu/murano.html

 

 


【3】アンコウは七つ道具

 

ご存知のとおり、アンコウは七つ道具と称される可食部があります。

柳肉(身肉)、水袋(胃)、鰓(エラ)、トモ(鰭=ヒレ)、ヌノ(卵巣)、皮(背と腹)、そして肝(キモ)です。1月が過ぎるとこれらに卵が加わることも。

7つ道具の1

 肝は珍味としてことさら人気があり、近年は外国産のものも比較的安く出回っております。韓国、中国、オーストラリア、米国ボストン等等。

 味は鮮度のよい日本の近海物にはかないませぬ。身肉だって刺身で食えるのは近海物だけでしょう。 身を刺身にするときは、私は湯引きをします。身を締めるためです。頬(ホホ)肉はそのままでもいいのですが、一緒に湯引きしております。

7つ道具の21

 では、身肉湯引きの刺身で あん肝を包んでポン酢醤油で召し上がってください。  次はホホ肉で肝をはさんで、、、ご同様に。。。 

・・・・ふふふ。 おもわず 笑みが。。。。

鍋このあと、2,3 アンコウ料理ご用意してございます。続いて召し上がっていただきましょうか。

 ご報告は次回ということで。

(鮟鱇の続編はこちら)⇒http://www.tate-mono.com/soon/cat0001/1000000016.html

 

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【4】酔中歌(あとがき)

■♪I've Grown Accustomed To Her Face (邦題:あの娘の顔に慣れてきた)

(w)Alan Jay Lerner (m)Frederick Loewe

ミュージカル「マイ・フェア・レディ」の有名な曲。ジャズ化アルバムではウエス・モンゴメリーの「フルハウス」が秀逸。得意のオクターブ奏法が聴き所。ジャズヴォーカルではアニーロスが評判よろしいようです。(youtubeでは見つかりませんでした

◎ウエス・モンゴメリー(Wes Montgomery)本来はtを発音し、「モントゴメリー」が正しいのでしょうが、日本では「モンゴメリー」で定着していますね。



↑↑Wes Montgomery I've Grown Accustomed To Her Face↑↑

こちらはナットキングコールの歌声で

↓↓Nat King Cole – I've Grown Accustomed To Her Face↓↓

 

■昔は女性が珍しかった職場だったのでしょうが、築地の魚河岸でも 若い娘たちが働いております。もちろん顔なじみの娘もいます。元気があって明るい彼女たちと仕入れのやりとりするのもいいものですな。 

 いえ、違いますよ。先ほど言いました、”密かな愉しみ”というのは。それは、お酒。 魚河岸には沢山の飲食店がありますが、観光のお客が滅多に入らない、お気に入りの店が幾つか、ありましてね、仕入れの帰りがけにちょいと飲るわけです。後の仕事に差し支えない程度です。

 朝から大っぴらに飲める場所は、そう多くはございませんでしょ。河岸では、夜が空ける前からから働き、この時間は仕事帰りの人だっていることですし。そういう方も含めて 皆さん静かに飲んでいらっしゃる。

 ■先ほどの3代目三遊亭金馬、「居酒屋」のCDは、
コロムビアミュージックエンタテインメント (ASIN: B00005EO0C)からでています。

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