■第040号■蓮根/赤猪子物語/死者の書



『おやじ、なんだい。軟らかいのにシャキシャキとした このつまみは。』

レンコンの芽

 芽バスです。新レンコンの先端の部分です。

茨城から送ってもらいました。市場にはあまり出回らないようです。

『レンコンか。うまいハスだ。』

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今日の品書き(目次)

【1】ハス・レンコン

【2】蓮の花・蓮華(レンゲ)

【3】赤猪子物語(あかいこものがたり)

【4】藕糸織(ぐうしおり)と死者の書

【5】きょうの賄い・蓮根入りメンチカツ

【6】酔中歌(あとがき)

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【1】ハス・レンコン

芽バスが手に入る事は多くはございませんが、

レンコンは、煮ても、炒めても、揚げても、すりおろしても、

それぞれの旨味がでてまいります。

レンコン

「ハス」とも「レンコン」とも呼んでいますが、

古名はハチス(蜂巣)です。

これはレンコンの穴からのイメージではなく

花びらが落ちたあとの実の部分が、ハチの巣に似ていることからのようです。

「蓮」という字は「ハスの実」という意味で、花と実が連なって

出るところからできたのだそうです。

蓮根(レンコン)と書きますが、日本で作られた語です。

それに食べる部分は根ではなくて肥大化した地下茎です。

根はひげ状のもので 節と節の間にあります。 

レンコンの穴、正確には気孔といいますが、

これは通導組織なのです。

蓮の花

レンコンは沼地や水田で栽培される水性植物です。

水中では酸素が十分にとれず葉からも運ばれてくるための

パイプ役である穴が大きくなっているのです。

光合成によって葉で作られた酸素が茎や根に送られてきます。

穴は、地中から葉までずっとつながっているというわけです。

穴の数は、9個から10個ぐらいが通常ですが、

成長するにつれ酸素の必要量も増えて、

その数が増えたり穴の面積が大きくなったりするようです。

【2】蓮の花・蓮華(レンゲ)

蜘蛛の糸

 「ある日の事でございます。御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、

独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。」

これは、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』の冒頭部分ですが、

古来より仏教での蓮はきわめて象徴的な意味合いを持つ植物であります。

蓮の花(蓮華 れんげ) が開いて釈迦誕生の瞬間を告げたとされ、

泥沼の中でも美しい花を開かせることから、

清らかに生きる人間のあるべき姿になぞらえたのでありましょう。

本願寺本堂

西方浄土に咲く花とされ、「南無妙法蓮華経」と

経文となり、実は数珠となります

以来仏教の象徴として蓮華は用いられています。

仏教美術では術極楽浄土には池があり、

必ずといっていいほど蓮華が描かれています。

また仏像の台座は蓮台、蓮華台、蓮座、蓮華座などといわれる

蓮華の意匠です。

私は築地本願寺の前を通って魚河岸へ行くのですが、

このお寺の本堂にも 蓮華が大きく刻まれています。

親鸞教行信証

その築地本願寺の宗祖でもある親鸞聖人は

『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』の中で

「煩悩の泥の中に蓮の花を開く」と説いています。

「高原の乾いた陸地には蓮の花は生じないが、

低い湿地の泥沼には蓮の花が生じる」 と。

【3】赤猪子物語(あかいこものがたり)

日本での「蓮の花」初出は『古事記』の赤猪子の段だとされています。

雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)は三輪川に遊びに行った際に、

川のほとりで衣服を洗っていた引田部赤猪子(ヒケタベノアカヰコ)

という名の美しい少女が目にとまります。

「他の男のもとに嫁がないで待っていなさい。いずれ召そう」

と約束しますが、忘れてしまいます。

赤猪子(アカヰコ)は天皇の言葉を信じ、誰が求婚しても嫁にはならず、

80年が過ぎてしまいます。

老婆となった赤猪子は、

天皇のお言葉を守ってきた志だけでも、一言お伝えしたいと

多くの献上品を持って参内します。

操を守り、女としての盛りをむなしく過ごしてしまったことを

気の毒に思った天皇は歌を詠みます。

【御諸の いつかしがもと かしがもと ゆゆしきかも 白檮原童女】

(みもろの社の神聖な樫の木。その樫の木のように、神聖で近寄りがたいよ。

白檮原(かしはら)の乙女は)

【引田の 若栗栖原 若くへに 率(ゐ)寝てましもの 老いにけるかも】

(引田の若い栗林。そのように若いときに、共寝すれば

よかったものを、今はすっかり年老いてしまったことよ)

赤猪子 歌碑

愛情こもった天皇の歌に返して、赤猪子は詠みます。

御諸に つくや玉垣 つき余し 誰にかも依らん 神の宮人

(みもろの社につきめぐらす立派な垣。斎(いつ)き残って、

誰に頼りましょうか、神にお仕えする宮人は)

日下江の 入江の蓮 花蓮 身の盛り人 羨(とも)しきろかも

(日下江(くさかえ)の入江の蓮(はちす)よ。花咲く蓮よ。

若い盛りの人が羨ましいことよ。)

帝の言葉を信じ、召されるのを16歳から80年も待ち続けた

赤猪子という女性の物語、ここに蓮の花が出てまいりました。。

有吉佐和子(1931年 -1984年)はこの物語を下敷きにした

『赤猪子物語』という作品を1957年4月に

同年7月には戯曲『笑う赤猪子』を発表しています。

1967年には舞踊劇脚本『赤猪子』で芸術祭文部大臣賞を受賞しました。

古事記』に載っている赤猪子の物語は男からみたおはなしであるものを

女の側からえがいたところが有吉作品の独自なのでしょう。

『紀ノ川』の女3代、花・文緒・華子、

『香華』の朋子、

『華岡青洲の妻』加恵も

やはり強い女たちの視点ですよね。

文楽の世界『一の糸』の主人公は三味線弾き露沢徳兵衛ですが、

話し運びは後妻の茜からの視点ですね。

(視点といいましたが

茜は少女のときに目を患っていました。やがては直るのです。)

老人問題がテーマの『恍惚の人』主人公昭子も然り、

有吉作品には逞しい女たちがとうじょういたします。

秋元 松代 (劇作家・1911-2001)は

「赤猪子の恋」という放送劇を書いています。

秋元松代全集〈第2巻〉(筑摩書房)に所載

(すみません、未読です)

【4】藕糸織(ぐうしおり)と『死者の書』

民俗学者、国文学者、神道学者、

そして歌人・釈超空(しゃくちょうくう)としても

有名な折口信夫(おりぐちしのぶ1887?1953)に

『死者の書』という小説があります。

『死者の書』中公文庫

古代語が散りばめられていて、読みやすいとはいえませんが

折口信夫の珠玉の一篇とも言える作品です。

現在、岩波文庫と中公文庫で読めます。

中公文庫版の解説で川村二郎(1928 – 2008年・ドイツ文学 者 文芸評論家)は

「『死者の書』は、明治以後の日本の近代小説の、最高の成果である」

としています。

日本の古代の魂が宿る不朽の物語だと

居酒屋おやじは申し上げておきます。

物語は奈良・當麻寺(たいまでら)に伝わる中将姫伝説や

大津皇子(おおつのみこ663-686)伝承にその題をえています。

題材の一部となった中将姫(ちゅうじようひめ)伝説は、

ごぞんじのかたもおおいのですが。

さわりを少し。

天平時代(750年ごろか)、藤原鎌足の曾孫に

藤原豊成という人がいた。

その娘、中将姫は幼いころに実母が死んで

継母の照日前に育てられる。

美貌と才能に恵まれ三位中将の位まで賜わった。

継母は、こうした姫を次第に憎むようになり、

豊成の流罪中に 中将姫を山で殺すよう家来に命じる。

同情した一人の家来によって危うく難を逃れ

雲雀山、青蓮寺などに身を隠す。

後年、狩りに来た父親・豊成に発見され奈良に戻るが

信仰生活を発心し當麻寺(たいまでら)を訪れる。

當麻寺は女人禁制であったが、石に足跡が刻まれるほど

一心に修行をしていた姫は、入山を許される。

そして中将法如尼(ほうにょに)という名をもらい尼になる。

26歳の時、念仏中に老尼が現れ、

蓮の茎を集めその蓮茎の糸から曼荼羅を織ることを命じられた。

中将法如尼は各地から集めた蓮茎の糸を石光寺の染井で

染め上げ、桜の木にかけて干した。

すると織姫が現れ、その夜、1丈5尺の曼荼羅を

織り上げた。

織姫は実は西方極楽の教主・阿弥陀如来であったのだ。

阿弥陀如来は中将法如尼に13年後に迎えに来ることを約束する。

13年後の3月14日雲間から光明がさし阿弥陀如来や多くの

仏菩薩が現れ中将法如尼は西方浄土に旅立つのである。

蓮が出てまいりましたでしょ。

蓮の糸で作った織物は

「藕糸織(ぐうしおり)」と呼ばれています。

「藕」は蓮根のことです。

蓮の茎の樹液で糸を創り、織る。手間の掛る仕事です。

ミャンマー(旧ビルマ)のインレイ湖畔にすむインダ族は

今でも藕糸織の工房を持っていて、僧侶の袈裟を創る為に

蓮の布を織っているそうです。

偶々いま、ミャンマーの友人が帰省中ですので、

藕糸織の工房を訪ねてもらおうと思ったのですが、

なぜか電話がつながらない。

ミャンマー藕糸織

(↑ミャンマーの友人帰省中は2006年のことで、

昨年2012年8月にわたしはミャンマーヘで藕糸織を見てまいりました。

インレー湖や湖畔を巡ってまわり

訪れた工房はみやげもの屋を兼ねているところもありましてね。

安物の中には藕糸織ではないものもありそうだとは、

友人でもある日-緬通訳さんの弁。)

ミャンマー首長族の女性インレー湖

【5】きょうの賄い・蓮根入りメンチカツ

メンチカツを作るときに蓮根の粗い微塵切りを混ぜるだけです。

面白い食感のメンチとなります。

メンチのレシピをいちおう書いておきますが

普段なさっている作り方でかまいません。

それにレンコンを混ぜるだけです。

1.蓮根は皮をむき、酢と塩を加えた湯で茹でる。

2.竹串が すっーと通るほどになったらザルにあげ冷ます。

それを粗いみじん切りにする。(細かくしすぎませぬよう。)

3.ボールの中で合い挽き肉と玉ネギみじん切りを捏ねる。

 粘りけが出たら、塩、胡椒。

4.その中に卵とほぐした食パンを加えてさらに練る。

5.ここで、先ほどの蓮根粗みじんを混ぜる。

6.適当な大きさに整えて、衣をつける。小麦粉、とき卵、

 パン粉の順は常の通り。

8.油で色よく揚げる。

◎分量はお好みで。

 合挽き4:玉ネギみじん2:蓮根粗みじん1ぐらい。

   

 召し上がり方はそのままでも、

 ウスターソースじゃぶじゃぶでも お好きなように。

 添え物はキャベツの繊切りが定番ですね。


【6】酔中歌(あとがき)

LOTUS BLOSSOM (Kenny Dorham)

・ケニー・ドーハムのLOTUS BLOSSOM(蓮の花)を

 ソニー・ロリンズやフレッディ・ハバードは

Asiatic Raes」というタイトルで発表していますが、

「Raes」ってなに?。

AsiaticはAsianと同じことのようですが

Raesはわたしの辞書には載っていません。

折口信夫の『死者の書』は青空文庫で全文が読めます。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000933/files/4398_14220.html

題名の「死者の書」とは、古代エジプトにおいて、

 死者を葬る際、棺に一緒に収められた巻物のことです。

 1943年青磁社より刊行された『死者の書』のカバーには

 エジプトの『死者の書』から「オシリスの霊魂」の画が描かれていたそうです。

岩波文庫版は青磁社初版の金色の画が踏襲されたカバーデザインです。

中公文庫の旧版にもこのモチーフが使われています。

『死者の書』二つの文庫

↓のサイトにエジプトの「死者の書」(Book of the Dead)の画があります。

http://www.ancientworlds.net/aw/Post/1202942

『死者の書』ancientworlds

雄略天皇が赤猪子を見かけたのは彼女が16歳のとき。それから80年が過ぎてとなりますと少なくとも96歳以上ですね。ではその時天皇はおいくつなのじゃ。

古事記では雄略天皇在位23年、124歳で崩御ということになっていますな。

中将姫 伝説の

 伝本には以下のようなものがあります。

奈良絵本・「中しやうひめ」

御伽草子・「中将姫御本地 1651」

古浄瑠璃・「中将姫之御本地 1669」

説経・「中将姫御本地」

絵巻・「当麻曼荼羅縁起」

ツムラ(津村順天堂)は1893年(明治26年)の創業以来

婦人用生薬製剤「中将湯」を販売しています。

中将姫が婦人病に悩まされたとの伝説がありまして

wikipediaに次のように載っています。

ツムラの創業者津村重舎は大和国宇陀郡出身で、雲雀山青蓮寺の檀家であり、母の実家の藤村家に、逃亡中の中将姫をかくまった御礼に製法を教えられた薬(中将湯)が、代々伝えられていたという。これは、仏事の一環として薬学の習得があったとされている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B0%86%E5%A7%AB

『死者の書』の映画があります。 (2005年)

 川本喜八郎(1925年 – 2010年) 監督の人形アニメーション映画。

(第39回シッチェス・カタロニア国際映画祭アニメーション部門特別賞受賞)

http://www.sakuraeiga.com/kihachiro/index2.htm

中将姫(藤原南家の郎女ふじわらなんけのいらつめ)役の声優は宮沢りえ、他にも

観世銕之丞/榎木孝明/江守徹/観世葉子/黒柳徹子らが声優として出演。

語りは岸田今日子です。

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