■002号■夏の刺身は洗いとたたき (前編)

 第2号です。創刊号で、竜田揚げを取り上げたのは、ちと失敗だったかな。
料理で大切なのは季節感ですものね。
それをこの時節に、紅葉の竜田川では、居酒屋のおやじ失格ですね。
 きょうは、顔を〔洗って〕出直してまいりました。
てナわけで、〔洗い〕といきましょうか。(なんとか こじつけた。) 


——–きょうのおしながき(目次)———-

 
————————————————

【1】刺身 その2 〔あらい(洗い)〕

〔ちり鍋〕ごぞんじですね。フグちり(てっちり)とか、タラちりなど。
また、季節はずれを、はじめようってわけではありません。この「ちり」とは
何か、というと、材料である魚を熱い鍋に入れると、ちりり と身が縮む、
ところから付けられたそうです。

 身が縮むと申しましても、鮮度の落ちた魚ではそうはいきません。すし屋
で、赤貝なんかを まな板に叩きつけて、身をキュっと 縮ませる。ご覧に
なった事、おありでしょう。これなんかも、身が活きていればこそ、新鮮
なればこそ、なのです。

 「洗い」とて同様です。ちりり と
身が縮むことを 板前は 「はぜる」 と言います。新鮮な魚を、
そぎ切り にして、氷水にさらすと 身がはぜるのです。
氷水にさらすことを「洗う」といい、この刺身を「洗い」といいます。

 代表的なものでは〔スズキの洗い〕や〔鯉の洗い〕。主に白身の魚か川魚
ですね。特に川魚は鮮度が落ちやすいから、生きているヤツを使います。
 白身魚の洗いにはポン酢醤油、川魚の洗いには酢味噌が添えられて出て
きますね。

 洗いにすれば、身が締まるからいい感じに歯ごたえがある。脂がある程度
落ちるから、淡白な味わい。夏向きといわれる所以です。

 洗う時間。造り手によって、魚によって、違いますが、スズキ(鱸)で
2〜3分ぐらいでしょうか。水気をよく切って供してください。

———————————————–

【2】『平家物語』の出世魚、スズキ

●では、スズキで ひとつ知ったっかぶりを。

 めでたい魚の筆頭は鯛でありましょうが、スズキも祝いに欠かせぬ、
という地方もあります。出世魚(しゅっせうお)だからだろう、
と仰るんですか。

 

 確かに、コッパ→セイゴ→フッコ→スズキ、と成長するにつれて名が
変わっていく、出世魚であります。(60cm以上のものをスズキと呼び、
晩秋の卵持ちスズキをハラブトといいます、東京では。)

 ところが、もう一つスズキが出世魚と呼ばれる所以があるのです。

 

 実は『平家物語』が絡んでくるのです。そう。あの
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常のひびきあり。・・・・・」てぇヤツ。あたしだって冒頭部分しか諳んじてませんがね。

 巻一に「鱸(スズキ)の事」という章があるそうな。
かいつまんで言いますね。詳しく語れ、といわれてもムリですから。

 

 平清盛がまだ安芸守だったころ、船で熊野詣でに出かけたんですな。
そのとき、大きなスズキが船に飛び込んできたと。熊野参詣の道中は、
魚を含めて肉食を断たなければならぬ(精進潔斎・しょうじんけっさい)。
されど、先達の修験者 曰く、これは熊野権現の御利益じゃ。
召し上がりなさい、と。

 

 清盛、自ら調理し、食し、家来にもふるまう。その後の清盛、
とんとん拍子、いい事づくめ。太政大臣にまでなったとサ。

 以上、スズキがめでたい出世魚である、というお話でした。

————————————————

【3】湯あらい、湯引き、etc

●〔湯あらい
 と、いうのもあるんですよ。手を入れられるくらいのお湯(50度
 〜60度チョッと。時には70度以上も)に魚を入れ、冷水にとる。
 主に淡水魚。鯰(ナマズ)の湯洗いを酢味噌でいただいた事が
 あります。

  

● お湯ではなく、熱湯にくぐらせ、冷水にとるのが
湯引き〕。湯をかけることを、湯を〔引く〕といいます。

●〔湯ぶり〕。湯引きと似たようなものですが、湯の中で振るところから、
 この名前がついたのでしょう。

 

 鱧(ハモ)の湯引き や 湯ぶりを梅肉醤油で、というのが夏の定番料理
 です。関西では〔落とし〕といいますね。湯に落とすからでしょう。
 
 〔皮霜(かわしも・かわじも)〕のことを湯引きとも言う場合もある
 (東京など)ので、ちとややこしいのですが。

●〔皮霜〕と言うのは皮に熱湯を流しかけて、冷水にとります。
 その皮を付けたまま刺身にします。見た目、皮が松の皮肌に似ているから
 「松川つくり」と呼ばれることも。鯛の松皮づくり、が有名です。

鯛の松皮つくり
 

● 熱湯をかけたり、くぐらせたりして、材料の表面を白くすることを
霜ふり〕と言います.・湯引き・湯ぶり・皮霜・霜ふり、は魚の
 表面が白くなります。 湯洗いは白くなりません。

●〔焼き霜〕。もう、おわかりですね。湯ではなく焼いて霜をつける
 ことです。皮目を焼いた、鰹(カツオ)や相嘗(アイナメ)などが
 代表でしょうか。わたしの店では甘鯛(アマダイ)やのどぐろ(アカムツ)の皮目を焼いた、焼き霜づくりが わりと好評です。

のどぐろ焼霜

●以上記しました仕事は、魚の臭みを抜く、ぬめりをとる、余分な脂肪を除く、旨みを凝縮、 食感を際立たせる、はたまた、涼感の演出、などの効果を狙っての事で昔からおこなわれてきました。
 皮霜や焼き霜においては、皮目の香ばしさや旨さ まで刺身にしていただく、という寸法です。先人の知恵と努力に脱帽。

————————————————

【4】きょうの賄い 〔スズキの湯ぶり、キムチ風味〕

  • ・ビールを冷やしておく。
  • ・スズキの上身をそぎ造りにして(5mm〜9mmくらい)、湯振りし氷水に
    とる。水を切って、これも冷蔵庫で冷やしておく。
  • ・キムチソースを造る。固形スープの素(ブイヨン、鶏スープの素でも可)
    でスープを作り、冷ましておく。
     キムチの素に上記スープ、少しのごま油と酢を加えて、ドロリとなるよう
    、緩める。
  •  

  • ・付け合わせは季節の野菜。たとえばアスパラガスを塩茹で、冷まして
    ドレッシングで和えておく。
  • ・皿に付け合わせのアスパラガスとスズキを並べて、さっき作った
    キムチソースを刷毛で塗るか。別に添えるか。
  • ・食卓へ。まずは、冷えたビールを ぐびり。
  • ————————————————
     

    【5】酔中歌(編集後記)

     ♪But Not For Me  1930 George Gershwin

    失恋を謳ったガーシュイン兄弟の名作バラード。エラ・フィッツジェラルドはこの曲でグラミー賞獲得。1930年の映画『ガール・クレージー』の主題歌。以後、ウッディ・アレンの『マンハッタン』、メグ・ライアン主演『恋人達の予感』でも使われています。

    ・ローズマリー・クルーニーの歌で♪But Not For Me

    ・チェット・ベイカーもオツですね。♪But Not For Me

    ■「鱸のそぎ身を湯ぶりして、キムチのソース。野菜も沿えてちょうだい」
     私が食いたいものを賄い当番に伝える内容はこんなもんです。
    当番と言っても、今のところ2人しかいませんが。

     

     出入りの激しい業界ですが、1人は7年目になります。
    野郎がもうちょいと、気が利くと私も楽なんですが。

     いえいえ、賄いの話でした。酒が入ると愚痴っぽくなってしまいまして。

     ヤツは、鱸を 湯ではなく、クールブイヨンで湯ぶりしたんです。
    つまり、くず野菜でスープを造り、酢をポトポトと入れたところに
    スズキを放り込んで氷水へ。そしてそのスープを煮詰めて、キムチソースを作ったんですな。

     う・ま・い。

     悔しいけれど、旨い。誰かいるのかな。
    料理を食べてもらいたい特別な誰かができると、急に腕が上がるものです。

    賄の腕を上げたのは、あたしのためじゃぁなかったんだ。

     おっと。お時間ですね。
     今夜もありがとうございました。また、お近いうちに。

    コメントは受け付けていません。

    サブコンテンツ

    このページの先頭へ